はぐれメッタメタ斬り

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ヴィルヘルム・マイスターの修業時代 岩波文庫

ヴィルヘルム・マイスターの修業時代(ゲーテ著)
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牧師の常備薬の箱から、阿片液の瓶がなくなっていました。厳しく取り調べなければならぬと思ったのですが、誰もが自分ではないと言い張り、家じゅうの者が激しく言い争いました。とうとうあの人が名乗り出て、阿片液は自分が持っていると白状しました。

飲んだのかと尋ねると、「飲みません」と答えてから次のように言いました。

「私がまた理性を取り戻したのはこれを持っているおかげです。この瓶を取り上げるのはご自由ですが、そうすれば、私はまた希望を失ってもとの状態に帰るでしょう。

死によってこの世の苦しみを終わらせることができればどんなにいいだろうと考えたのが、私の回復する最初の糸口だったのです。そのうちまもなく、自殺によってこの苦しみを終わらすことを考えるようになり、そのつもりでこの瓶を盗みました。

ところが、いつでも大きな苦しみから逃れることができるのだと思うと、逆に、苦しみに耐える力が湧いてきました。このお守りを持っていて、死の近くにいると思うことによって、私は生に押し戻されたのです。

私がこれを飲むだろうなどと心配しないでください。人間の心の識者として、私に生の絶縁を認めることによって、逆に私に生に執着させるようにしてください。」

よく考えたすえ、私どもはそれ以上彼を追及しないことにしました。いま彼は、この毒を固いカットグラスの小瓶に入れて、まことに奇妙な解毒剤として持ち歩いているのです。